TMNETWORKが提示した5枚目のアルバム『humansystem』
リリース当時の1987年は、社会構造が劇的な変容を遂げようとしていた時期だ。バブル経済の熱狂が都市を覆い始め、アナログからデジタルへの移行が意識され始めていた。
そこから40年近い歳月を経た令和の現代。もはや日常的な風景となったデジタル社会においても本作の輝きは色褪せてはいない。デジタルとアナログ、機械と人間。相反する要素が高度に融合した本作は、TM NETWORKの凄みを味わえる1枚だ。
humansystem | TM NETWORK | ソニーミュージックオフィシャルサイト
humansystem総評:1987年-未来への疾走
アルバム『humansystem』を貫くのは、先端のサウンド、普遍的なメロディと感情。そしてデジタルと肉体が共振する独特の生命感である。
1987年、Get Wildブレイク後の転換点を迎えていたTM NETWORK。狂騒的なブームの渦中にありながら、小室哲哉は次なるビジョンとして「人間とテクノロジーの融合」を提示した。その中で制作されたhumansystemで、彼らは冷徹な機械音の中に都市の孤独と情熱を鮮やかに描き出した。
結果、当時の先端ビートは新鮮なまま、普遍的なリズム&メロディとして、リスナーの胸に深く刻み込まれることとなった。この作品は、40年近くを経た現在でも色褪せず、私たちが歩む「未来」を予見していたかのような輝きを放ち続けている。
humansystem|デジタルとアナログの境界線
humansystemは、TM NETWORKにとって初の「オリコンチャート1位」を獲得したアルバムだ。
音楽的完成度と商業的成功の両面から、彼らのキャリアにおける最初の到達点と見なされている 。日本とロサンゼルスの双方で行われた緻密なレコーディング・プロセス。それによってもたらされた「世界基準」のサウンド・クオリティが聴きどころだ。
聴きどころ1|デジタル・テクノロジーと精神性の交錯
本作の最大の聴きどころは、当時最新鋭であったシンセサイザーによる緻密なプログラミングと、人間らしい「揺らぎ」の同居。宇都宮隆の情感豊かなボーカルが、無機質なシーケンスに血を通わせている。
AIが日常に溶け込んだ現代から聴き直すと、「システムの中の人間性」というテーマがいかに先見性に満ちていたかが分かる。デジタルな枠組みに魂を吹き込んだのは、ロサンゼルスで招集された卓越した演奏家たち。精密にプログラムされたシーケンスの上で、計算された「揺らぎ」と圧倒的なダイナミズムを披露している。
聴きどころ2|新世代の孤独と「人間関係」への鋭いアプローチ
前作『Self Control』までのTM NETWORKを支えたSF・宇宙的なファンタジー路線。対して、本作は非常にメロウで内省的な側面を持っている。アルバムを通しての視点は、より等身大の「人間関係」や「世代間の心理」へと移されている。
小室哲哉と小室みつ子によって綴られた言葉たちは、当時の中高生世代の抱く、漠然とした不安や、抵抗の意志を鮮明に映し出した。そこから時は流れ、令和の時代においては、SNS等で個人の感情が可視化され、同時に同調圧力にさらされている。こうした現代社会のメンタル・ヘルス的な課題を、彼らは40年近く前に捉えていたと言える。そうした質感が、時代を超えてリスナーを惹きつけている。
humansystem |収録曲 解説
全11曲(CD版)で構成される本作は、一曲一曲が独立したドラマ性を持つ。それらがアルバムの中で、違和感なく円滑に配置されているから驚きだ。
尚、本作は2013年2月に「デジタルリマスタリング仕様」でBlu-spec CD2にてリリースされた。1987年版の技術的課題が解消され、クオリティが格段に向上している。特に音量については、大幅に改善されており満足度が高い。1曲目の「Children of the New Century」から明確に実感できるはずだ。
1.Children of the New Century|壮大な未来へ向けて
アルバムの幕開けを飾るこの楽曲は、1987年当時から見た「未来」を歌詞に冠した大作。新しい世紀へと向かう若者たちの高揚感と不安を描き出している。イントロの重厚なシンセ・ブラスと、緊張感を孕んだシーケンス・フレーズ。これから始まる「humansystem」の壮大な旅の始まりを告げるに相応しい出来栄えだ。
ライブでは観客を鼓舞する重要な役割を担い続けており、そのスケールの大きさはTM NETWORKの存在感を如実に物語る。
1988 君はここにいる ひとりきり明日を見つめて
1999 君はどこにいる New age`s comin` up
個人的な話だが、友から届いた年賀状にこの歌詞が書かれていた。1988年は高校進学の年。別々になっても会おうという想いは果たせず、彼は1991年の春に世を去ってしまった。
2. Kiss You (More Rock)
シングル版よりもギターエッジが強調された、アルバムバージョン特有の攻撃的なミクスチャー・ロック。当時の日本の歌謡曲シーンには見かけなかったアプローチが凝縮されている。ラップの導入、複雑なカウンター・コーラス、そしてファンキーなホーン・セクションの融合。
小室哲哉が目指した「洋楽基準の追求」の極致と言える。TM NETWORKが単なるアイドル的な人気ユニットではなく、高度なクリエイター集団であると世に知らしめた一曲である。
3. Be Together
後に多くのアーティストにカバーされる、TM屈指のポップ・チューン。明るいメロディの裏側に潜む、一瞬の出会いを永遠に刻もうとする刹那的な歌詞が印象的だ。軽快なデジタル・ビートと、高揚感のあるメロディ・ラインは、小室哲哉のポップ・センスの結晶と言える。
歌詞では一晩の出会いと、瞬間にかける純粋な情熱が描かれており、宇都宮隆ボーカルが、甘酸っぱい青春の記憶を呼び覚ます。楽曲の持つ「瞬間の共有」は、現代のライブ文化における一体感の追求とも通底している。筆者がGet Wildの次にインパクトを受けた作品でもある。
4. Human System
アルバムのタイトルチューンであり、人間とシステムの融合を象徴する聖域のような一曲。
ミディアムで心地よいグルーヴの中で、複数の独立したメロディが重なり合い、一つの調和へと向かう「仕掛け」が施されている。この構造が、個々の人間が社会システムの中で、いかに共鳴し合うかを音楽的に体現している。
特筆すべきは、イントロとエンディングにおいて「ピアノソナタ第11番(トルコ行進曲付き)」が引用されている点だ。人は無意識に何かを求め探しているが、すれ違い気づかないままに時を過ごす。古典と最先端の融合、計算されたメロディの層が織りなす音は、思春期の切なさを存分に表現している。
5. Telephone Line
木根尚登作曲による、静謐で叙情的なバラード。
ノスタルジックな電話のSEから始まる、切ないラブソングだ。当時のコミュニケーションの最前線であった「電話」を通じた、男女の距離感と孤独がテーマとなっている。
デジタルの冷たさと、介在する人間の声のぬくもり。そのコントラストは、アルバム全体のコンセプトを、最もミクロな視点で捉えたものと言える。宇都宮隆の歌声は、深夜の静寂の中で震える心の機微を見事に捉えており、聴き手の内面に深く沈み込むような名演となっている。
余談だが、サビの熱唱について当時は「瀕死の白鳥のよう」と思ってしまった…
6. Leprechaun Christmas
小室哲哉と木根尚登の共作による、独創的なクリスマス・ソング。
タイトルの「レプラコーン」はアイルランド伝承の妖精を指すが、楽曲自体は決してファンタジーに寄りすぎることはない。都会の夜のテンションと聖夜の輝きを洗練されたサウンドで表現している。
アルバムの折り返し地点として、穏やかながらも深みのある色彩を添えており、TM流のAOR的な解釈が光る一曲である。
7. Fallin’ Angel
木根尚登のポップな資質が開花した、疾走感あふれるナンバー。
アップテンポながら、どこか哀愁を帯びたメロディが特徴。デジタル・ビートの上で木根尚登の作曲センスと小室アレンジの化学反応が踊るような隠れた名曲だ。
小室みつ子の歌詞は、夢を抱いて都会を浮遊する若者たちの姿を「堕天使」になぞらえ、その孤独と再生を鮮やかに描いている。
緻密なコーラス・ワークと、躍動するデジタル・シーケンスの調和は、聴き手をポジティブな感情へと導く力強さを持っている。筆者も定期的に聴きたくなる、なぜか印象に残る曲。
8. Resistance
TBS系ドラマ『痛快!ロックンロール通り』の主題歌として使用された。
文字通り「抵抗」をテーマにしており、現状を打破しようとする力強い意志が、ビートとドラマティックな展開に乗せて歌われる。小室哲哉は、この曲においてロックのダイナミズムと、デジタルの精密さを完璧なバランスで共存させた。宇都宮隆の力強いボーカルが、時代に抗い、自らのアイデンティティを確立しようとする若者たちの姿を表現している。
1987年当時のTV番組で、パソコンとディスプレイを背景に歌う姿が斬新で印象に残っている。確かPC98だった気がするが、他のミュージシャンにはない先進性を感じさせる戦略は白眉と言えた。
9. Come Back to Asia
彼らのルーツを広い視点で見つめ直した、オリエンタルな旋律が美しい楽曲。
アジアのアイデンティティを意識した、スケールの大きな楽曲である。東洋的な旋律と、分厚いサウンド・プロダクションの融合。まさに当時のTM NETWORKの志の現れである。アルバムの後半において、より広い世界観へと聴き手を誘う重要な役割を担っている。
個人的回想:1988年の遠足で、奈良シルクロード博へ向かう途中で聴き込んだ記憶あり。懐かしい。
10. Dawn Valley
アルバム唯一のインストゥルメンタル。
ピアノとフリューゲル・ホーンによる極めてシンプルな構成が、深い情緒を醸し出している。ジャジーでアンビエントな空気感は、夜が明け、静謐な光が差し込む情景を想起させる。
制作過程におけるロサンゼルスのスタジオの空気感まで封じ込めたような瑞々しさ。他の楽曲とは異なる趣を持ち、アルバムのクロージングに向けた心の準備(インタールード)として完璧に機能している。
11. This Night
アルバムを締めくくるのは、雪の降る夜を舞台にした大人のバラード。
アルバム全体を締めくくる静かな、しかし深い余韻を伴う傑作である。冬の夜の孤独と別離を乗り越えていこうとする静かな決意。静かな余韻を残しながら、映画のエンディングを連想させる幕引きだ。
宇都宮隆の歌声の繊細さが際立っており、この曲の存在により本作は、人生を切り取った叙事詩としての品格を獲得している。
humansystemリリース当時の世相
1987年11月。バブル経済の足音が近づき、東京は24時間眠らない都市へと変貌を遂げつつあった。
音楽環境はレコードからCDへ、歌謡曲からRockと切り替わる最中であったと記憶している。携帯電話もインターネットも一般的でなかった当時。PCは8Bitから16Bit、1MBのメモリが高嶺の花であった。
家庭用電話にようやく子機と留守電が装備された頃、筆者は深夜放送のラジオや音楽雑誌から「まだ見ぬ未来」を摂取していた。そんな中、TM NETWORKが提示した「humansystem」は、ハイテク化する社会への期待を見事に表現している。しかし、その一方で置き去りにされる感情への警鐘が混じり合った、当時の若者の心象風景そのものだった。
今とは随分違う文化だったのも当然で、リリース時は昭和の末期で40年近く経過した事実に驚くほかない。
humansystem|電気仕掛けの預言者
『humansystem』は、単なる懐古の対象ではない。デジタル化が進むほどに際立つ「感情」の尊さを示し、技術が進化しても変わらない「救い」を体現した金字塔である。昭和から令和へと至る長い時間軸の中で、本作が放ち続ける光は、これからも私たちの進む道を照らし続けるだろう。
小室哲哉が構築した緻密なシステム、木根尚登が持ち込んだ普遍的なメロディ、そして宇都宮隆が吹き込んだ人間としての吐息。TMNETWORKの最新ツアー『QUANTUM』で見せている、量子論を取り入れた演出コンセプト。彼らの歩みは常に「未来」のその先を見据えている。
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